(1)手抜之ススメ

 先日、府教委の研修に出かけていって発見した事です。生徒がケイタイ電話で迷惑メールというか「つきあえ」とか、わいせつメール攻撃にあったり、掲示板に実名入りで誹謗中傷されているのを、いかに解決したか、という実践報告を聞いてきたのですが、どうにも不思議な感じがしたので、質問をしたら浦島状態にされてしまったのです。その事件は7月におこり12月に解決された、というものですが、その間、被害にあっている生徒にケイタイを持つのをやめたらどうかという指導は想定もされていなようだったので、「ケイタイやめたら、その後のエスカレートはなかったのではないですか」と聞いてみたのです。そしたら、ケイタイの保有者は93パーセントとかいわれて、あげくは、子どもにケイタイをもたせない(そんなことは言ってなくて、私は持っていないといっただけなのですが)頑固オヤジあつかいをされてしまいました。つまり、「教育実践」はケイタイを皆が持っているし、それを「やめる」という指導は土台むりな想定である、といいたいみたいです。「教育実践」は既成事実の追認の上でしか有効でない、ということでしょうか。新規「学校のモノ語り」が書かれる必要性を感じた次第ですが、おもいかえせば、「定年」とて、おなじことで、「定年」に関わる問題解決には「定年制度」をやめたら解決する、などと言うのは笑いものになるのは必定で、それに近い議論をしても仕方がないのですねー。

 まえおきが長くなりました。もうだいぶ前からなのですが、教員の仕事は好きなのですが、やらされる教員の仕事は嫌いなので、そういう拘束からいかにして逃れるか、ということをずっと考えてきました。別の言い方で言えば、自分が疑問を持っていたり、それは良くないとか無駄だ、と思っている仕事が学校にもありますし、それは仕事だからやらなければならない、ということはあります。しかしその種の仕事をいつの間にか自ら進んで引き受けるというような堕落はしたくない、と思ってきました。ところが簡単なようでいて、これは相当な力技が必要なのですね。つまり職場の慣行というか、そういう場の力学にはまらないようにしつつも、そこで自分の好きな事をしたい、というのは難しいのです。だから、そこでどういう戦略をとるかという問題になります。そのことと定年後はどういう関係なのだ、ということをいわねばなりません。
 私の父は教員でしたが、その退職後の姿が私の反面教師なのです。父は師範学校出の典型的なたたきあげ教師で、多数者を前にしゃべるのはとても上手で、お笑いタレントなみだったのですが、家族の一員としての生活者になると??な人でした。いうとことの教育熱心な教育者で、在職中は教育を熱心に考えているとは思いました。私が中学生のころには管理職になっていましたから、私とはしょっちゅう論争をして、わたしなりにとんでもないなー、と思っていましたが、それはそれなりに教師でした。でも、退職したらとたんに「教師」ではなくなり、趣味の世界にまっしぐらなのでした。これにはびっくりしました。
 いまからおもえば、教員をやめたのだから、教育に関心が無くなるのは、当然といえば当然で、自己規制しているのなら「いさぎよい」ともいえるのでしょうが、美術の教師でしたから「美術教室」でもひらけば、というすすめにも「教えるのはもういい」という答えです。ひたすら自分のために絵を描きつづけていました。
 「教員はつぶしがきかない」と昔から言われてきました。ほかの職場では役に立たない、ということですね。退職しても、あとはひたすら「老後」の世界です。そうなるのは本人の責任もありましょうが、私は「学校」というそれなりに魅力のある職場の魔力が作用していると考えます。
 団塊の世代論が主題なのでしょうが、団塊教員は一般的な問題のほかに学校という職場から「定年」で追い出された団塊世代という特殊な問題もあると考えます。つまり「つぶしがきかない団塊」としての団塊定年後教員です。私は、そうならないためにどうしたらいいのかをずっと考えてきました。一応、それを実行してきたつもりなのですが、その成否はあとでないとわからないわけですね。
 それで、実を言うと、この研究会に関わってきたのも職場の慣行にみぐるみ巻き取られてしまうかもしれない自分を「足ぬけ」させる手段の一つなのでした。私は職場ではつきあいの悪いほうで、職場の飲み会にはめったに参加しないのをポリシーにしています。前の職場でもそうでした。そうすると、「あいつはさそってもめったに来ないやつ」という常識ができて気軽なんですね。そのかわり学内政治はできませんよね。それでも学校というものにみぐるみもっていかれるのを防ぐには、なかなか適切な方法だったと総括しています。
 もっとも、これははじめから意図していたというよりも、子育ての時代には、5時になったら、子どもを保育園に迎えにいかないといけないので、アフター5などは10年ほど私にはなかったことからきているものです。それに理屈をつけただけかもしれませんが。
 つまり、定年後を決めるのは、在職中にすべてを職場に吸い取られないことだ、というのが私の主張のひとつです。もっともなんでもできる人は、こんなセコイことをやらなくても、仕事であろうと趣味であろうと、家事であろうと、見事にやってのけ、退職後は、きっちり切り替えて、私の父のように「もえつき」ることもないのでしょうが、私にはそうした自信がなかったので、いってみれば職場で「手抜き」をするために、研究会などをやって来たのかもしれません。「教育者」の皆さんからは「教育者としてあるまじき」と非難される事でしょうが、ほんとうのことをいえば教育者というのは私の肌にあまりあっていなかったのかもしれませんから、非難されてもだまっていることにします。

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