(1)地名が薄れる 2008-06-06
おびただしい数の文学作品の中で、学校や生徒や教室、教員はどのように描かれてきただろうか。小説などで描かれた〈学校〉像をつなげていけば、描かれた学校史というか、イメージの中の学校史ができるのではないか。これは伝統的な教育史による学校史とどのように違ってくるのだろうか。教育史が使う資料にはなかなか見いだせない「生きている学校」「経験されてきた学校」あるいは「望ましい学校」などが、かなり明確に出てくるのではないか。さらにはそのようなものとして学校を描いた人たちの学校観・教育観が、そこからくみ取れるのではないか。そう考えて、何十年も遠ざかっていた文学作品を読み始めています。

ところが、学校や先生や生徒が登場する文学作品は、それこそ無数にあるのです。町をあるけば先生にぶつかる、といわれますが、小説を読めば先生や生徒に出会う確率のほうが高そうです。このことは、資料がない、少ないというのに比べたらたいへん都合のいいことですが、反面、この作業が膨大な作業であることからくる困難につきあたります。
小説や随筆、回想録といった文章は、書く人、書いた時代、などによって大きく影響を受けますし、そこに書かれている事実は記憶違いやフィクションが当然入っています。それらをどう考えるのかはこれから考えることにして、とにかく手当たり次第に文学作品を読み始めていって、そこで気がついたことをメモしていきたいと考えます。なにしろ小説を読むことをやめてしまってからたぶん二十年以上たちます。見当外れなところがたくさん出てくるはずです。どうかアドバイスをお願いします。なおこれは、前に書いていた「教室の中の近代」の続きのつもりです。
最近の小説には具体性のある舞台が描かれないような気がします。それは「東京」とか「新宿駅」とかは言葉として出てくるとしても、それは「都会」とか「都心の大きな駅」といった一般名詞以上ではないようです。ところが島崎藤村や田山花袋の作品は、実在の細かい地名が登場してきます。地図でいちいち確認して読めるほどです。夏目漱石の作品はそれほど具体的でないですが、描かれている舞台の固有性は明確です。たとえば、宗助とお米の住む借家は、次のような描き方をされています。
芥川竜之介などは固有の地名を使っていそうもないかなと思いますが、そうでもないですね。例を挙げるときりがないのですが。
いわゆる自然主義文学は「リアリズム」が信条でしょうから、固有の地名が登場し、後世、作品に描かれた土地に記念館などが建てられていたりします。こんなありふれたことは文学の世界では「常識」なのでしょうが、最近の小説を読みだしてびっくりしたのが、この固有の地名が出てこないこと、出てきてもそれは固有名とはとても思えない「一般性」でしかないことが私には一つの驚きだったからです。もちろん今まで読んだ数少ない小説作品でも、安部公房の作品は、いったいどこの話なのか、場所などは全然特定できないものでしたから、そういう作品もあるころはわかっていたつもりです。しかし、そういうカフカ的質の作品でもないのに、「どこの話なの?」ということが一向にわからない。「すみれは神奈川県の公立高校を卒業すると、東京都内にあるこぢんまりとした私立大学の文芸科に進んだ」なんて書き方からは固有性は感じられないのです。この「すみれ」の片思い恋人の「ぼく」は小学校の教員という設定で、小学生を遠足に連れて行き悪戦苦闘する場面も出てきますが、全然リアリティがない。もっともこの小説『スプートニクの恋人』(村上春樹 1999)の主題の一つがが、具体的な固有の領土から切れている現代人を描くことが目的なのは、最終章で、行方不明になった「すみれ」からの電話をうけた「ぼく」が、「すみれ」が「ここへ迎えに来て」といっても場所を聞かないという終わり方であるのでもわかりますが、しかしこれは意識的なのではなくて、もはや固有の土地に生きている人間を、書けなくなっているからではないでしょうか。
こうした「脱領土化」は、近代の進行の中で一気に始まったのではないでしょう。大江健三郎の作品にでてくる「谷間」は、実在の地名ではなくても、その固有名性は濃厚でした。中上健次の「路地」もそうでした。固有名性をもった地名は、フォークナーの「ヨクナパトゥーファ」にあたる「筑豊」をえがいた井上光晴でもそうでした。しかし、これらの地名は、実在の地名ではありませんでした。架空にもかかわらず固有名性をそれらの作家たちは確保していたし、読者はその固有性を読み込んでいたのです。
プロレタリア文学の作家たちの作品は、ほとんど固有の地名をつかって小説世界を構築していました。学生時代に黒島伝治の作品を読んで、小豆島まで行ったことを覚えていますが、この頃の作家の作品を読んでも、その作品の固有の土地というものがありませんから、文学散歩などというのは不可能になりましょう。そうではなくて、『スプートニクの恋人』を読んだ読者は、ギリシャに観光に行くでしょう。観光カタログとして近年の小説はよめるのでしょう。「すみれ」の女性の恋人ミュウは、たいへんなセレブですが、在日韓国人だそうです。ぜんぜん在日である必然性はないのに。のっている「車」は「ジャガー」。だいいいち「車」などとは書かない「セリカ」とか「ボルボ」とか書くわけです。パソコンとは書かない「パワーブック」とか書く。
村上春樹の特長かいな? とおもっていたら、そうでもないらしい。「少し上だが、私に近い年齢だ。彼女の父親だろう。銀縁の眼鏡をかけている。それにヘリンボーンのジャケットにペーズリーのアスコットタイ。四十代後半の男が休日をより休日らしくするためには、そんな方法もあるのかもしれない。」(『テロリストのパラソル』藤原伊織 1995)
どうも、長いこと小説を読まなかったせいで、浦島太郎的気分なのです。読者サービスなのかもしれないが、わたしには「脱領土化」した人類を、「再領土化」するモノたちを、これらの小説のなかに、ちりばめているように思えるのです。
さて、私たちの「近代学校」は、藤村の時代から村上春樹の現在まで「学校」という同じ名称で語られてきました。しかし、私たちの感受性は「地名」に関してみても大きな変容を受けてきたのです。当然のことながら「モノ」にたいする感受性も変わってきているでしょう。近年の小説が、登場人物がいったいどこで、どんなところで生きているのか、それを描かなくなっているのは、あるいは私たちの目に見える風景が、均一化し、テレビなどですでにして「既視化」しているためだからなのでしょうか。作家は一から世界を構築しなくても、読者と「共有」できる「風景」が、すでにしてそこにあるからなのでしょうか。
たとえば学校には名前があります。小学校の名前の多くは地名をつけられていました。京都の小学校はなぜ地名ではないのでしょう? 中学校に第一とか第二とかつけて地名をつけな場合の理由は何なのでしょう。命名は「社会」が学校に名付ける印です。だとすれば、「養護学校」が「支援学校」に変えられたのは、学校の変容を示すのではなくて、「社会」の深いところでの地殻変動を示しているといえないでしょうか。そうした社会の深いところでの変動を実は文学作品が、スナップ写真のように記録しているのではないかと思っています。
写真は下記
Comments