(2) グーグルとスユノモ

 Google Book Searchプロジェクトというのをご存知でしょうか。図書館の本をデジタル化して世界中の本をネットで読めるようにしようというものです。もちろん世界中の出版業界から著作権侵害の声が上がっていました。
http://current.ndl.go.jp/node/4057
 今年のはじめ、グーグルとアメリカの出版業界が「和解」したようですが、この和解はただにアメリカの出版社とグーグルとの「和解」にとどまらず、例えば『学校の境界』なども2009年1月5日以前の出版ですから強制的に適用されるという解釈にたっているようですね。いかにも「帝国主義国家」アメリカの「法」のありようです。かりにグーグルが『学校の境界』をスキャンしてPDFファイルでダウンロード販売しても、出版社や著作者が「和解に参加する」と表明して請求用紙を送らなければ出版社や著作者に配分される利益はなしなのだそうです。
http://www.googlebooksettlement.com/intl/ja/notice.html
 グーグルがこのようなことを始めたのはグーテンベルクの時代が終わった、終わるであろうという状況判断でしょう。インターネットの普及は本の時代を終わらせるだけではなく、出版業の終りさえも超えて、出版業が取り仕切っている包括的検閲=思想統制・言語統制の終焉をも予測させるものです。出版業によって国民国家が維持管理されてきた「近代」(ベネディクト・アンダーソン参照)の終りに対応すべく、本をデジタル化することで資本主義による包摂を延長させる試みでしょう。
 それが成功するかどうかは未知数です。「本」という形態にならされてきた、あるいは国民の言語(国語)にならされてきた「近代人」は、ディスプレイで読むなどということに「感覚的に」「なんとなく」嫌悪感を感じ、出版文化を守れとばかり、いや著作権保護を!とグーグルを攻撃するでしょう。もちろんグーグルは国民国家や近代人を、そして何よりも資本主義経済を守るためにやっているのですが、インターネットが嫌いな「読書人」にしてみれば、そこらのブログの駄文と一緒に貴重な書籍がデジタル化されるという「ポストモダン」の「革命」には耐えられないというわけです。
 本がその使用価値としてよりも交換価値として、つまり「商品」として扱われてきた、その伝統がいまやインターネットの普及によって崩れようとしているわけです。しかし本の中身の「知」を「交換価値」としてではなく、純粋に「使用価値」として生かす試みは、実はグーグルとは逆に資本主義経済にとって致命的な、あるいは革命的な試みなのです。
 研究空間「スユノモ」にはたくさんの共有されている本がありました。持ち寄ったもの、贈られたものなど様々でしょう。実にアナログな本の共同使用が、ほんとうのところ、この資本主義社会では希少な試みなのです。私たちはそれぞれ「蔵書」をもっていましょう。それらを共有する試みがいかにたいへんな試みであるかは、私たちの習慣を少しでも顧みたらわかるところです。ましていわんや本の中身の「知」の共有の試みにおいてをや、です。

 国家による言論統制に民主主義的近代人ならば反対してきた筈です。発禁本などがあった時代なら国家権力による思想統制は子どもでもわかる事態です。いま、そういうことはないから言論は自由である、と思うでしょうか? 自由に読める書籍がどこにでもあるから言論や思想の自由が守られていると思うでしょうか? 子どもでもこう質問するかもしれません。
 お金がなかったら本買えないのと違う? 本を出したくても出版社が出してくれなかったら? もちろん自費出版するお金もなかったら? 自費出版しようとしたが出版社の人がいろいろ修正を迫ってきたよ、と高校を卒業して小説を出そうとした友達が言ってたよ? 出版の自由てあるの? おじさん!本を出したんだってね。すごいね。でも、それ売れてます? なんだ、売れなくて家に山積みになってるの、それって出版の自由があるって言えるの? ああ、そうか、言論出版思想の自由を制約しているのは今は国家じゃないんだ。出版できるかどうかは金とか出版社の「思想」のフィルタがかけられているんだ。でも、本を出して売れている有名人なんかはたぶん思想の自由や出版の自由は間違いなく今でもあると思っているのだろうね。
 そういう子どもの声に読書人や出版人はどう答えるのでしょうか。「出版業が取り仕切っている包括的検閲=思想統制・言語統制」と書きましたが、その出版業を統制している「売れる、売れない」の資本主義経済に責任を全面的に移すことは妥当ではありません。「こんなこと本(論文)にかいたら批判されるだけではなくて不利益になるかもしれないし、だいいち売れない!」「学会の通説に反することは書きにくい、批判は遠慮しておこう」などという「自由人」がいたとすれば、そのひとは検閲権力を自己に行使しているのです。もちろん、書くな、言うなと他者に向かって言えば、検閲権力そのものです。理論的に「批判」するのは権力そのものではありませんが、意識的か無意識的かを問わず地位を利用して行為を禁止したり、奨励したりすることを正当な根拠をあげずに行うことは権力そのものです。
 岩波書店という「進歩的」だと言われている出版社が、社員の言論活動を弾圧しているということがネットで載っていました。
http://gskim.blog102.fc2.com/blog-entry-19.html
 徳岡さんが紹介している場所で見たのですが、私には佐藤優が国家主義言説と進歩的言説を使い分けていたり、言論弾圧言辞を吐いていることよりも、岩波書店が出版社として自殺的行為をしていることがショックでした。
 こうした事態が進行しているときに、権力を持たない多くの人たちが使えるものがインターネットなのです。もちろん、ブッシュの悪口をメールで書いたら、FBIがやって来たというように、エシュロンといった検閲システムを作動させてはいましょう。グーグルのように出版物をすべてデジタル化することによって、資本主義の社会の実質的包摂を永続させる試みを企てているということもありましょう。強力な「検索」機能は、一瞬にしてネット上での「抗議」署名者の「個人情報」を収集するでしょう。紙の署名簿に書くよりネット上での署名は「危険」なのです。
 余談ですが、以前、研究会のどなたかの紹介で埼玉県の教育委員に高橋史郎を任命するなという署名に名を連ねたことがあります。
http://www.geocities.jp/saitamakyoiku/tekkai2.html
 それからしばらくは「北爪道夫」でグーグルで検索すると、有名な作曲家のサイト(私と同姓同名)が検索上位にズラーと並ぶのですが、教育の境界研究会の北爪さんがでてくるのは研究会のサイトよりも上記のサイトが上位のことが長く続きましたよ。そうです。このサイトへの検索が多いからです。右翼からの嫌がらせメールはありませんでしたがね。徳岡さんの紹介のサイトにも署名しましたぜ。「教育の境界研究会会員」て書いたから、この研究会のどなたかが岩波書店から本を出したいと言っても岩波は出してくれないかもですよー。悪いことしたかな?!
 実際のところ、現在、普通の個人が、組織も金も権力もない普通の個人が、出版社や国家や様々な関係的権力から逃れて意見を表明できるのはネットしかないのです。しかも、一層重要なことは、個人が他者と利害関係から自由な〈共(コモン)〉を形成する可能性を手に入れられるのです。個人の思考は他者たちと結ぶことによって集合的な知へと発展する可能性を持ってきます。グーグルやヤフーの「検索」は国家の治安担当者や「2ちゃんねらー」だけが使っているのではないでしょう。ネット上の「知」は出版人や「読書人」からみたら、ガラクタのたぐいだとよく言われます。ガラクタもあるでしょう。「本」や学会誌や論文集のなかに言論の自由があった、なくなっているなら再建しよう、というのは悪いことではないでしょうが、本は金がないと読めない出せない、出版社は言論弾圧までして営業を続けようとする、売れない本は出せないということにたいしてどのような対抗策があるのでしょうか。
 スユノモは、ある意味では「近代」の理念に忠実です。お金もないから本も持ち寄ろう、「知」を共に築こう、知らぬ他者たちと出会う場を作ろう、ネットも十二分に利用しつつ、具体的に他者たちが出会う空間を作ろう、というのですから。グーグルはかつての百科全書派のように世界知を収集して、それを管理することで知的支配管理と「商品」販売をリンクさせ「一者」による支配を永続させようとします。書物による支配管理が崩壊してゆく世界の後継支配組織をグーグルは企てます。スユノモはそうしたネットワーク世界をも大胆に利用しながら、アナログな対面的世界を社会大の「友たち」の世界にしようと実践を積み上げようとします。言ってみれば「一者」とマルチチュードの対決なのです。


参考
【新聞記事】
「グーグルの著作権独占、各国は対抗を」 国際ペン決議
2009年10月23日
 米グーグル社が進めるデジタル化した書籍の全文検索サービスとその訴訟の和解案をめぐり、国際ペン(本部・ロンドン)は22日、グーグル社による著作権の世界的独占に対抗するよう各国政府に求める決議を採択した。ドイツが提案し、日本、フランスなどのペン代表が賛成した。米国ペンは棄権した。 決議では「この和解案が裁判所に認められた場合、集団代表訴訟(クラス・アクション)として全世界の作家を拘束し、作家の権利を侵害する。本のデジタル化に関する、グーグル社の行為は受け入れがたく、世界的な著作権法の原則に合致しない」としている。

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