(12)教育の境界研究会の文脈は?

 全共闘運動のなかで丸山真男が批判されているとき、私は在籍している大学でも盛り上がっている全共闘運動を常に丸山の著書を手がかりに理解しようとしていた、ということは前にちょっと触れました。鎌倉仏教の周辺を勉強していたのですが、思想史研究でしたので丸山の『日本政治思想史研究』からはいって丸山の『現代政治の思想と行動』などに圧倒されていました。しかし、丸山は「近代主義者にすぎない」という批判はそれから長いこと、ポストモダン思想の流行の間も続いていましたから、『忠誠と反逆』なども読みましたが、そういう世の評判に引きずられて、もうほとんど読まなくなっていました。実を言うと、日本思想史の勉強でしたので、和辻哲郎の『風土』とか『日本精神史研究』などや、津田左右吉なども読んでいたわけです。そういう人たちの名前を聞かなくなってどのくらいがたつでしょうか。
 ところが、最近はどういうわけだか昔のそういう人たちが、なんか復活(?)したように、それも「右」からではなく「左」から復活したかのように再登場しているように思われてきます。あまり雑誌も読んでいないので「復活」とまでは言えないのかもしれませんが、孫歌という中国社会科学院の研究者が『思想』に2回にわたって近代日本思想史を俯瞰する刺激的な論文(「アジアとは何を意味しているのか」6月7月号)の中で和辻が読み直されているのに驚き、『思想』の8月号の丸山真男特集では柄谷行人が「丸山真男とアソシエーショニズム」という論文を寄稿していて、丸山真男を柄谷のいうトランスクリティークの批評家として評価し、結社的紐帯の希薄な日本の近代の欠落を指摘した論者として和辻も評価しているのにはびっくりしました。孫歌の論文や柄谷の論文が教えてくれたのは、私が学生時代に、自分の家や地域の中で「敵」として感じていた、その当時の言葉で「半封建制」といわれていた「日本的」事態が、少しも変わりなく、そのまま今でも私たちの目の前にあり続け、それを課題とも感じていないという現実です。
 柄谷はポストモダンの理論家ではなく、ここではいわば「近代主義者」になっています。アソシエーションの連合の運動をNAMの創出ではじめようとして、柄谷は失敗してしまいました。柄谷はすでに1984年には丸山真男を「近代主義者」として片付けるのは間違いだということに気づいていたといっていますが、丸山がぶつかった日本の「古層」に、実践的にもぶつかったのはNAMにおいてではなかったでしょうか。
 柄谷がえがくアソシエーションは、全共闘運動になにほどか重なってくるように思っています。しかし、指揮命令系統が確立している「党」的なアソシエーションを発想する伝統的な思想によって、全共闘もNAMも敗北していったのではないでしょうか。柄谷は丸山を引用しながら次のように言います。(《 》内は丸山の文章)

 《日本では、思想なんてものは現実をあとからお化粧するにすぎないという考えがつよくて、人間が思想によって生きるという伝統が乏しいですね。…イデオロギー過剰なんていうのはむしろ逆ですよ。魔術的な言葉が氾濫しているに過ぎない。イデオロギーの終焉もへちまもないんで、およそこれほど無イデオロギーの国はないんですよ。…》
 このように、丸山真男は一方で、経験論的でリアリスティックな態度をときながら、他方で、その反対に、思想や原理の優位性を説いている。丸山は、どちらが優位であるとか、あるいは、それらの「総合」が必要だともいわない。ただ、自分の属する文脈が思想を軽視するようなところでなら、思想を重視するだけのことである。「人を見て法を説け」というのは、そのことだ。だが、このような態度はわかりやすいものではない。というより、むしろ誤解されるに決まっている。

 このような態度を柄谷は《批評》といっています。それは、その場に応じて、その場にあわせて批判的なことをいう「相対主義」的態度とはちがいます。相対主義は、丸山が「無イデオロギー」と批判している精神風土の産物です。全共闘運動はそうした風土へのあらがいであったのだろうと思いますが、それがイデオロギー的な秩序の産物だったという否定的総括からは、相対主義が生まれてくるのです。小林秀雄がプロレタリア文学を評価した後に、本居宣長に回帰していった道程と同じように、全共闘運動の参加者のいくらかはその総括行為を通して、「近代」を欠落させた日本的近代に回収されていったのです。
 さて、教育の境界研究会は、いまどこを流れ、どちらのほうへ行こうとしているのでしょうか。いや、流されているのではなく、方向をコントロールしているのだ、と言えるでしょうか。

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